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攻めの時分 [内省]

こんばんは。大荒れの天候に悩まされた黄金週間も終わり、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

わたくしめは新たな職場で始まっておりますが、至らないことがあまりに多くて頭を悩ます日々でございます。立場もあるので尚更です。んー。

えー、さてさて、まだ本決まりではないのですが、またオケに復帰しようと決心しております。

僕の今年の目標の一つに、オケに復帰すること、を挙げていたのですが、以前楽しい思いをさせてもらったオケの仲間からお誘いをいただいて、悩んだけれど決心しました。先日コンセルトヘボウを聴いたせいもあって、その感覚を少しでも出せたらな、と錆び付いた技術は棚に上げたもんです。
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あまり耳にしたことのない北欧のかたの交響曲やら、やったことのある曲でも異なる版の譜面を使うようで、なかなかに一筋縄ではいかなそうですが、楽しみにしています。
とは言え、学生オケのお手伝いはたまにやっていたものの、団員として参加するなんて何年ぶりだろ?いやー、こわいっす。

この歳になっても相変わらずな状況だけれど、苦しいなかでも攻めに出てみる。そんな時期かなと、自分を奮い立たせながら、オランダの空を思い出しながら、とりあえず前に進みます。
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心残りがあるから [散歩]

先日、オランダから帰ってきました。昼夜逆転の感覚がなかなかなおらず、よって今こうして書いているわけです…。

いろいろ、ほんとにいろいろ感じたものはあったので、この場でもすこしずつ書けたらな、とは思っています。

向こうに着いた日の夜、アーノンクール/コンセルトヘボウのミサ・ソレムニスを聴けて、とてもとても素晴らしいものでした。(チケットを確保してくれた現地の友に感謝!)
この話についてはまた別の機会に書きたいのだけれど、その時のミサの感覚が忘れられず、そして今心残りがあることに気付きました。

滞在中、いくつか教会を訪れる機会があった。教会で行われているミサを体感したいと考えていたのだけれど、残念ながらその機会には出会えず…。

画像は、ライデンの教会内部。この画像では見えないけれど最奥にステンドグラスがある。
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射し込む光が美しい。ここにはヤン・ステーンの名が刻まれた碑などもあったらしい。
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パイプオルガンもあります。立派です。
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外の喧噪とは異なる世界。天井が高く基本石造りでもあるので、日本ではあまり聴けない音の響きがあると思う。こういうところでミサを聴いたら、上から声や音が降ってきて、本来の意味を見出せるかもしれないな。

こことは別の教会では、薄暗い室内を蝋燭の灯が照らすなか、お祈りをしている地元のおばあさんがいらっしゃって、長い歴史と日々の生活にある教会と信仰を、ほんの少し垣間見ることができたような気がします。

というわけで、動画サイトで探して、個人の方がパリの教会でたまたま撮影した教会でのミサを聴きながら、自分の撮った写真を見ながら、この記事を書いているというわけです。
オランダ行ってきて、一番最初の記事がこの内容って正直どうなんだろ…。

そう、多分ね、心残りなんだ。その場に立ち会えなかったというのもそうだし、歳を重ねているうちに、知的好奇心や探究心をなくしていた自分にも。錆び付いていたんだなぁ。

ま、次に向けて、ですね。

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ささやかのあつまり [日記]

今年は4月に入っても寒さが寄せてきたりしていたので、全体的に春の装いを感じさせてくれる花の開花も全体的に遅れ気味でしたね。

とは言え、遅れてもちゃんと花を開かせています。兄とお墓参りに行く際に、庭に咲いている水仙を一束持っていきました。水仙はその時丁度満開状態で、至る所でかわいらしい彩りを与えてくれていました。
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いろいろ庭を見て回っていたら、桃の花もつぼみが色づき始めていて、もう少し、というところ。
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そのような楽しみを味わいながら、祖母の命日を迎えたわけです。春先の、のどかな田舎のお墓参り。ささやかな水仙を供えて、手を合わせる静かなとき。祖父母だけでなく、ご先祖様のお墓の方にも、水仙を一輪ずつ供えてきました。

そういうとき、どうしてか謙虚な気持ちになれる気がするけれど、ささやかなものやことがあつまっているからかもしれませんね。感謝!
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おひさしぶりです [日記]

ずいぶん、ご無沙汰をしておりました。
というわけでこの度、転職をすることになりました。(脈絡がないように感じるでしょうが…)

その理由は、また機会があれば、とは思うけれど、短い間にもかなり濃密な時間と、自然災害も含めて自分自身が考えさせられることもありました。

来月から新しい職場で働きますが、今は休養期間中。来週、親友が活躍しているアムステルダムに行ってきます。その親友の顔を見に行きつつも、オケ関連2つ、サッカー関連1つは予定に組み込んでおります!

一番聴きたかった18世紀オケは予定が合わず、次点のコレギウムヴォカーレもアントワープまで行っても帰ってこられそうになく、コープマンだけ聴きに行く予定です。しかしながら、コンセルトヘボウも調べたら、なんとアーノンクールがミサソレムニスをやるらしいじゃないか!
到着日なので、時差ぼけでどうか分からんけれど、行ければ踏み込んでみたい!
(18世紀オケは来年、ヘレヴェッへはロイヤルフランダースで今年来日するみたいなので、その時に!)

サッカーの方は、アヤックスにしようかと思っていたけれど、AZがフェンロとやるらしいので、アルクマールまで行きたいと、親友には打診中です。AZのサッカーは、僕の時代にはファンハールのアタッキングサッカーの印象が強くて興味ありです。難しいようならアレナで観戦しますが。

そんなこんなで、いろいろ、三十路も過ぎてきたことですし、自分の生活を変えようと考えています。

これまで自分がやってきたことをぶつける時期が来たと思っているし、根本を変えない限り、変わらない気がしていたから。

いい意味で、オランダでまた新しい気持ちをつくっていきたいと思っています。

それとは別に、今年も渓流は解禁しましたが、いろいろ問題もあるようで、解禁延期が相次いでいます。でも僕の中では今年の渓魚との出会いはありましたし、既に始まっています。人も魚も、自然も、ただあるべき時を生きています。様々な状況はあれど、それでも生きています。そのありがたさを感じながら、先に進みたい。そうして、また春が来ています。

画像は偕楽園の梅です。今年は遅くてなかなか難しかったけれど、やはり水戸(出身)の人間からすると、梅の香りとささやかな美しさは、格別です。

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地の味を噛み締める [自然]

ふぅ。毎日暑いですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

はてさて、先日は実家に帰省しておりましたが、夏野菜は今まさに収穫の時期を迎えつつあります。

庭になっているのは、きゅうり、なす、トマト、ピーマンを筆頭に、果てはブルーベリーなんていろものも。

ブルーベリーは特にありがたいので、炎天下のなか、真っ先にちま、ちま、と収穫。その後、各種野菜を収穫していたら、なにやら蠢く物体が!おわぁ、とびっくりしたら↓
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ちっこくてかわいいあまがえるくんでしたー。すこし遊んで(いい迷惑だろうけど)くれました。

さて、収穫した野菜達はもちろん持ち帰るつもりだったけれど、正直たくさん持ち帰ってもわるくしてしまうだけなので、いくつかは今食べることに。
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左は持ち帰り用、右は井戸水で冷やして今食べるように。(この時点で既に右の冷やしている野菜は減っている…)

やっぱりその場で食べる野菜はおいしいね。きうりをぼりぼりかじっていたら、呼ばれて勝手口へ。話もそっちのけに、みそつけるか?と問われた。もちろん、即答、ぼりぼり。

みそをつけてまたぼりぼり。んー、なんと瑞々しくて、絶妙なマッチング。ぼりぼり。個人的にはのりと醤油でぼりぼりするのが好きだけど、何もつけなくても問題ありません!

そんな地の味を噛み締めながら帰京したのでした。

やっぱりいいもんだなぁ。えへへ。




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逡巡 [内省]

先日、友人が誘ってくれて、久々にとあるオケの演奏会に行ってきました。

10年を埋めたその時。

メインの曲は学生時代に自分がトップをやったときの曲で、当時の苦しみをまざまざと感じてしまうがためにずっと敬遠してきた。以前一度だけもう大丈夫だろうと思って聴きに行った演奏会では、変な汗が止まらなくて、その演奏会を、その時を、見ていない自分がいた。

けれど、今回、本当にいい曲だなぁ、としみじみ感じました。

これは音楽に限った話ではないけれど、素晴らしいものを純粋に素晴らしいものととらえられない、素晴らしいものを打ち消してしまうような想いは、それはそれでそこから生まれるものもあると信じたいけれど違うのではないかなと思ってしまう。でもやっぱりそうでないこともあるのかな。逡巡…。

それだけの想い。でもそれはどこに行ってしまったのだろう…。

そんななかでの邂逅。それは自分が歳を重ねたこと、それだけの時が流れたことを意味するのだと、つとに感じたものです。僕が過ごした時間、経験、想い。それが正しいことだったか、間違っていたことか、そんなことは解らないけれど、それでも僕は今いることにひとつの実感があった。

毎日が苦しいか、楽しいか、と問われれば、苦しいと答えると思う。

けれども、それだけ生きる実感を得ているのだ、ということかな。様々なものを喪失しながら、それでも僕はまだ前を見られている。願わくばその先の眩い光をもっと感じられたらな、と思うけれど、そんなにうまくはいきません。もっと厳しい環境でも光を失わずに前に進んでいる方々もたくさんいるのだから、まだ負けるわけにはいかない、まだまだ前に進めるのだ、とそんなことを自分に言い聞かせながら、帰途についていたのでした。

うん、明日は、明日こそは。

そう強く願うひとつのきっかけだった演奏会かもしれないな。
ということで、今週末は帰省して釣行予定です。(ってどんな流れ?)
自然を目一杯感じることも、僕にとっては重要なことなのだと思うから。そう、僕が求める根本はそんなにぶれていないのだ。それが多少曇っているか晴れているかの違いさね。

なんだか重苦しい話になってしまった。ま、今日のところはこれはこれで。おやすみなさい。

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新緑の森 [自然]

僕は森が大好きです。

うちの実家の裏は雑木林なのですが、花粉の時期は黄色いくらいの杉林。たまにケヤキなど広葉樹があります。その雑木林に湧き水の小川があって、これは口に出すような流れではないのだけれど、まぁ、一応流れてる、というような小川。5月頭の連休の際に源流を辿ろう、と雑木林をがさごそと分け入ったものです。

今から10数年前は、犬と分け入った林。その源流というか水がわいている場所にふとたどり着いてしまった僕と犬は、こんなところがあったんだ、とちょっとした発見を楽しんだものです。とは言え、その数秒後にはぎょっとするのですが…。(地面がうごめいていたのだ!おっきめなカエルの群生地だったっ!犬は人の気も知らずカエルにふんふんとしていて、おいおいと突っ込んだもの。自分がカエルに囲まれているのを知ってか知らずか…。)

というわけで、先日帰省した際、帰京の前に森というかちょっとした公園へ連れて行ってくれました。

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この時期が好きなのは新緑がとても綺麗だからだ。溌剌とした淡い緑。見ているだけでも風が感じられる。実家の隣町にある地味な場所にある公園。おかげで帰りの特急は2時間遅れです。
こんな場所には人だけでなく生き物が集います。
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こいつなかなか愛らしいやつで、てけてけ歩いては水に降りて、また地上に上がっててけてけと。そして山奥のねぐらに帰っていった。そんなとき、出会ってしまいました、天敵、こどもたち…。「あー、あひる(…)だー!」…逃げるてけてけ。
いやー、こどもたちはなかなか厳しいですねー。とは言え、笑って許せるレベルなので、微笑ましく。

都会にいるとなかなかこういった歓びを感じにくい気がします。もちろん自分の気持ちのもちようなのだけれど、やはり1日の多くの時間を費やしているものに埋没してしまう。なかなかに切り替えができていないな。人工島近くの海のこの時期特有のもわっとした臭さや人工島の公園の緑の匂いはそれでも、僕の気持ちを落ち着けるものだけれど、もっと感じたいな、感じられる場所にいたいな、と想う今日この頃です。

たまには森林浴、いかがですか。
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見つめなおしてしまう感謝

こんばんは。時が過ぎるのは、はやいね。ふんー…。
言いようのない出口のない日常については、言葉にできないのでパスするとして…。

さて、いろいろな状況のなかでも、機会は減っても、無理矢理な感もありつつ渓へ行っています。

よく行っていた渓が行けなくなったり、行きにくくなったりで、正直困っていて、先日も初めての渓へ向かったところ、着いたらびっくり。水がねー。渓というか川じゃねー。
朝の7時過ぎに着いて、既にもう諦めムードですよ、はい。仕方ないので、また高速で50km程移動。
んー、大きい川。僕は正直本流はあまりいい思いをした覚えがなくて、その県の川ではこれまでも惨敗続きということもあって、テンション低い状況で開始。

案の定、渋くて、それでも粘り続けて、気がつけば日が長い今の時期でも暗闇がそこまで迫っていた。その1日のなかで攻めどころをつかみかけていた感があって、大きな流れの流れ込みで粘っていたら、きました!

いやはや、嬉しかったし、素晴らしいやつでした。
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たとえ釣れていなかったとしても、その状況の美しさは、今の僕にとって重要なものです。この素晴らしき日本のひとつの地。
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今の日常を思わず根本から見つめなおしてしまうような、はっとする穏やかさがそこにはあります。

感謝。
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思うことと、想うこと [日記]

先日、実家まで帰ってきました。
状況がどうなのか自分の目で確かめてみたかった。

兄に必要なものはあるかと問うても「都会の施しは受けん」と武士は食わねど…ではないが、強がりなのはわかっているので、生鮮食品を買っていきました。

バスは、JRの復旧の目処が立っていないせいもあって、大混雑。2時間待ってようやく出発。途中までは全く普段と同じ風景だったのが、段々、ん?と思う箇所が増えていき、高速道路も修理の脇を走り抜ける状況で、とりあえず県庁まで到達。

そこで兄と合流し、中心地まで行って、歩いて確認をしてきた。
至る所に見える傷跡。正直苦しい…。まだ普通に歩ける状況の街でもこんな気持ちになっているということは、よりたいへんな地域の皆さんの心情を思うと、とても、気持ちは解る、なんて言うことはできない。
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普段なら梅まつりで賑わう時期の偕楽園も今は閉鎖。地割れが多いため立入禁止となっていた。ブルーシートが痛々しく、隣の神社は灯籠が倒れていた。
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それでもその懐にある湖には人や動物が集っていて、その平穏を楽しんでいるような雰囲気は、なんとも言えず嬉しかった。
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食材も思うように手に入らず、ガソリンの入手もままならず、母方の祖父母を預かっている状況のなかで、食を減らすためとかなんとか言い訳をつけて早々に戻ってきてしまった。
でも本当は、外的な人間がいる場所はないように感じて、逃げ出したように感じていた、帰りのバスの車中。いつもは東京の灯を見てほっとする反面もあったのに、今回は全くほっとせず、無感覚になんとも思わない、むしろ嫌悪感すら感じる複雑な心境で戻ってきた。それは自分に対する嫌悪感。何もできない自分。

食材を持っていって皆喜んでくれたけれど、物質的ではない決定的に足らない何か。そうではないんだよ。そんな僕に一体何ができるというのだろう。
でも僕の気持ちは今でも水戸にあります。仕事でも今回の災害に関わる調整の連続で、息つく暇もあまり与えてくれないけれど、正直言うとそんなのどうでもいい気がしてしまう。
僕の求めるもの。それには足りない決定的なもの。そんなことがずっと脳裏を駆け巡っています。

そういえば、夕暮れはいつもと同じ美しい光を放っていたなぁ。
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帰り際に、これだけはあるからと持たされた米。
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こちらに戻ってきて、炊いて、噛み締めるように味わったその米は、ほんとうに旨かった。
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それぞれの空 [自然]

最近まいまっくのスクリーンセーバーを変えたのだけど、自分がこれまで撮った空の写真をランダムに流している。

これが結構気に入っていて、画像が流れるのを意外に楽しみにしていたりする。いや、別にふつーにランダムで画像を流せばよいのだけど、このふとした間に流れるのがよかったりするわけで。

それぞれの空にはそれぞれの印象があるわけで、釣りのシーズンになると早起きだったり、渓でふと見上げたり、釣り終えた帰りだったり、そういった空に出会う機会が多く感じます。(それだけ日常では余裕がないのかもしれないが…)

今日はこの空がいいな。
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これは朝ですよ。高崎あたりで高速走っているときでしたね。釣りに行く途に我々はありました。走りながらだから画像自体はぶれているけれど、それでも素晴らしい空は変わらない。高速の柵がもどかしくて、運転者へ「ちっと待って」なんて無茶な言葉を吐きかけたものです。

朝も夕も、その空は一瞬で、同じ空は二度とない。そんなものに出会えるのは、やはり嬉しいものです。こんな空を、同じ時を共有しているひとも見ているだろうし、同じではなくとも近しい空を、違う時を生きているひとたちも見ていた。それぞれのひとの、それぞれの空。同じものをみて、違うものをみて、それでもひとは空を見ている。見ていても、見ていなくても。

行き場のない、やり場のない日々を切に感じてしまっている今日この頃…。それでも空は僕のひとつの感謝すべきものです。今年の空。うん、あまり見ていないなぁ。早く渓に行かなきゃ。
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